平成最後の市民メディア
The Origin

#1「衝撃中の衝撃」

あれは忘れもしない、2016年10月下旬。
菅原さん(現 連合会会長)の呼び掛けによるセミナーに参加すべく、国立市のとある会議室へ行っていた。

それはフリーエネルギーについての講習会で、当時発電機の開発をしていた私はフリーエネルギーについても少なからず興味があったため、いったいどんなことが話されるのだろうと、わざわざ横浜から足を運んだ。
そこにいたのは、主催者である菅原さん夫妻と、竹内さん(ジャスミンさん)、現NPO法人こいわし広島の会長をなさっている田中さん、ほか10名程度の出席者と、そして我らが平山秀善氏だった。

そこで話されたことは、戦後日本についての衝撃の事実。

当時私は、現政権を何とかすることができれば日本は変えていける、そう信じていたけれど、平山さんの話されていることは、次元が全く違う。
タンポポのように、見える部分は些細なものだが、根はかなり深い。

とにかく、生まれ変わるぐらいの衝撃をそこで受け、その日は自宅に帰り、それから三日程考えた。

平山さんの話されていることは嘘だとは到底考えられない。聞けば聞くほどさもありなんと思えるほどの信憑性。疑う余地はない。
どう受け止めるか?自分なりに葛藤する。考える。

答えは、「今、やるしかない」だった。

「この人ならできる。この人と一緒なら、世の中を変えていける!」そう確信した。

このイベントの告知は1か月ほど前だったから、主催者である菅原さんとハナ・ジャスミンさんは、もう少し前から彼と会って話を聞き、同じくこの人となら世の中を変えていけると確信され、イベントを開催したのだそうだ。

天地がひっくり返るほどの衝撃から熟考を経て出た結論を、菅原さんに伝え、平山さん、菅原さん、ジャスミンさん、私の4人で会って話をすることになった。
そこで、我々はいったい何ができるだろうか、考えてみた。
周りでは政権がどうだとか言っているけれど、国の本質は国民であり、日本国民が体を蝕まれている状況から、まずは農業を何とかしよう、確かそういう話になった。農産物の自給率を上げ、なおかつ、農薬や化学肥料の使用をなくして、からだにやさしい農作物を作る。

その後、月に一度のペースで勉強会を何度か開いたが、個人的なつながりは残れども、現在までのこの活動に残ったのは結局我々5人だった。そうして、「農家の朝の食卓」発足となっていく。

#2「最初はメディアではなかった」

最初は、メディアではなかった。
我々の目的は、今のこの日本を元気にして、この国の本来あるべき姿を実現することにあった。
そのためには、まずは「食」を正常化すべきではないか、という話になった。

今の日本の食料品は、世界でも下位のランキングである。

まずは農業。
日本の農業ではたくさんの農薬と化学肥料が使用されている。
牛や豚、鳥などの酪農業では、飼料にたくさんの抗生物質が入り、残留農薬と、抗生物質のせいで日本人の体はボロボロになっているから、まずはここを改善する運動を始めようということになった。

年が明けて、月一回くらいのペースで内部の勉強会を開いた。
私が会の様子を録音して議事録を書き起こし、次の会で皆に配る。
集めるメンバーさえも試行錯誤で、いろんな人と知り合うことができた。

でも結局今に残るのは、我々5人だけ。

話し合いを重ねた結果、新しいブランド「農家の朝の食卓」を立ち上げることになった。

市場に出す農産物には農薬を使っていても、自分たちで食べる者には農薬を使わないという話から、農家の朝の食卓に並ぶものは、とても健康的なものに違いない、そのイメージの方向で行くこととなった。

ところで、平山氏の大学の先輩に石橋正朗さんという方がいて、石橋製油の社長さんなのだが、ご推察の通り、ブリジストンの家系につながる方で、宮崎の無農薬農家から野菜を集めて無農薬の八百屋を営んでおられる。この方のご協力をいただいて、九州で無農薬野菜の頒布会を始めた。
石橋さんとは2月の勉強会で初めてお会いし、農業についての助言もいただいた。

石橋製油では、「遺伝子組み換えでない」菜種油を販売している。現在スーパーなどの店頭に並んでいる菜種油・サラダ油はすべて「遺伝子組み換え品」。石橋製油からこの油を発売するにあたっては業界から反発があったそうだが、氏は、「消費者に選択肢を残したい」との思いから、発売に踏み切ったのだそうだ。

それと、長崎市内に耕作放棄地をお借りし、そこでは有志の協力により、無農薬無肥料栽培をしている。残念ながら販売するほど収量はないが、今後このブランドを展開するうえで何か参考になるのでは?と、現在も畑は続いている。

5月の連休には、東京日比谷公園で開催の「ふるさと応援祭り」というお祭りに出店することができ、無農薬で栽培された野菜を宮崎から取り寄せ販売するとともに、無農薬野菜と遺伝子組み換えでない油を使用して、長崎の無添加の魚つみれをその場で揚げて、おつまみとして販売。4日間の期間中、プロモーションビデオを3本と、CMの撮影をした。このCMは渋谷のビッグビジョンで放映されたこともある。

長崎は、われらが会長、菅原純里のつながりで平山氏の構想を説明、氏の講演会を開催したところ、反響も多く、その懇親会で市民メディアを立ち上げることになったのだそうだ。それが2017年7月のこと。
平山氏は番組制作会社を経営していて、プロデューサーとしても活躍されている。
今のメディアが真実を伝えないことの理由を主婦たちに話したところ、市民がスポンサーになったら真実を伝える番組は作れますよね?ということになった。
もちろんできますよ、本当にやりたいのなら、8月9日までに手付金として30万円集めてください、と、平山氏から提示があった。
そこで、長崎の主婦たちが動き始め、見事8月9日に制作会社へ30万円を振り込むことができた。
長崎にとってこの日は大事な日。その日にお金が集まったということは、とても大事な意味があると思った。

その直後、ジャスミンさんからクラウドファンディングの相談があった。
私は以前自分の事業のために、クラウドファンディングをしたことがあった。結果は全然ダメだったけれど、その時の経験は行かせると思ったので、協力を快諾した。でも、自分としても、長崎の人たちとは一度会っておきたいと思ったので、8月16日に長崎に行くことにして、平山さんと菅原さんに相談したところ、ありがたいことに往復の旅費を出していただけるという。

8月16日は、長崎の主婦と会って話をすることができた。
みな熱心で、何とかしてお金を集め、番組を作りたいという思いが伝わってきた。
クラウドファンディングについて、メリットやデメリットを伝え、ページの編集は主に田中佐和子さんがやってくださることになった。
そんな打ち合わせをして、また飛行機に乗って、日帰りで帰ってきた。

クラウドファンディングは10月末まで、目標金額は650万円。
製作費は500万円くらいだけれど、クラウドファンディングで引かれる手数料などを上乗せして、最終的に650万円を目標額とした。

他方、番組制作の方は着々と進んでいた。
キャスティングとテーマが固まっていった。
収録に向けて、準備が進められていく。番組の収録は9月と決まった。

#3へ続く。